アルコール依存症の予防・早期発見・介入
SBIRTについて。
SBIRTについて
白峰クリニック 山崎茂樹
白峰クリニックに初診してくる人の約20%がアルコール関連問題を主訴としている。いちがいにアルコール関連問題といっても中味はさまざまだ。
飲むと家族に暴言暴力がでてしまい妻は子供をつれて実家に帰ってしまったとか、土日飲み過ぎてしまうので月曜日は出勤できないとか、慢性膵炎で入退院を繰り返していて内科医からは酒をやめるように言われているのに止められないとか、アルコール関連問題の表現は様々である。
最近では、疾病進行の比較的早い段階での受診が少なくない。AUDITで言えば15点を少しこえるくらいのアルコールの有害使用と診断される人たちの受診が増えていると感じている。もしかしたら、これはアルコール問題が社会的に認知されつつある証左であろうか。
既に進行してしまったアルコール依存症の初診もある。先日は、40歳台の女性の新患を診た。アルコール性肝硬変で腹水の溜まった腹を抱えて初診している。腹水が溜まるごとに3㍑、4㍑と抜いてもらうそうだ。痩せ細り腹部だけせり出している。精神科を受診するのは始めてとのこと。なぜ、かくも進行するまでアルコール医療に繋がらなかったのか。アルコール専門医療機関を紹介されたのに否認が受診を妨げたのか、アル中はどうにもならないとする医療側の諦めがそうさせたのか、或いは別の理由があるのか、分からない。
今日まで、専門医療と身体科との連携の必要性が叫ばれてきたが、連携は一向に進まない。統計ではアルコール依存症109万人、うちアルコールの専門医療を受けているのは4万人。残りの約105万人は依存症治療を受けられないままで放置されている。これでよいのだろうか。
わが国のアルコール使用障害者は1000万人超といわれている。都立病院の各科の外来受診者を対象としたCAGEを用い調査では、各科外来受診患者の約20%にアルコール問題が認められたと赤沢は報告している。であるにも係わらず、身体科と精神科の連携は乏しい。
WHOは、世界のアルコール使用障害(AUD : Alcohol Use Disorder)に関する現状を次のように把握していた。
1. AUDは、個人や社会の発展を危険にさらしている。
2. AUDは、早死と様々な障害をもたらす世界で第三位の危険因子である。
3. AUDは、多くの心身の疾患や交通事故、暴力、自殺、外傷と関係が深い。 これらの事象はAUDの予防・低減対策によって回避が可能である。
4. 飲酒に対する脆弱性がありリスクの高い集団や個人はアルコール毒性や依存性を生じやすい。
5. AUDの予防・低減対策の現状はAUDの重大さと乖離がある。
振りかえれば、2010 年 5 月 21 日に開かれた WHO 総会において、「アルコールの有害使用低減のための世界戦略」の決議がなされた。WHO は、この決議においてアルコール有害使用は世界的な健康問題 であり、包括的な取組みが必要なことを指摘し、加盟各国に対して 3 年後の WHO 総会においてアルコールの有害使用低減に向けた世界戦略の推進状況の報告をするよう求めた。
総会決議でWHO は「アルコールの有害使用」という概念のなかに、健康上のリスク上昇と関連した飲酒パターンという意味と、飲酒者およびその周りに いる人あるいは社会全体にとって弊害をもたらす飲酒という意味をこめた。
WHOがアルコールとニコチンと肥満を人類が直面する健康の三大課題と位置づけて久しい。そのWHOがSBIRT (Screening, Brief Intervention, Referral to Treatment)という手法を提起している。SBIRTとは非健康的なアルコール使用を同定し対処する一連の方法である。それはスクリーニング・簡易介入・保健指導・治療への紹介から構成されている。
スクリーニングではAUDIT (Alcohol Use Disorder Identification Test)を用いで4群に篩い分ける。その結果、
Low Risk (9点以下) (危険の少ない飲酒)に対しては予防教育が推奨される。
(提案例) 今のところ、あなたのお酒の飲み方に大きな問題はないようです。1日2ドリンク(缶ビール500ml1本か日本酒1合弱)までの飲酒にとどめましょう。
Risky (10〜14点)(危険な飲酒)は多量飲酒・危険飲酒に相当するもので、これに対しては減酒と進行予防を目標とした保健教育が必要とされる。
(提案例) 現在のお酒の飲み方を続けますと、今後お酒のためにあなたの健康や社会生活に影響が出るおそれがあります。 これまでのお酒の飲み方を修正された方がよいでしょう。具体的には1日2ドリンク(例えば缶ビールなら500mlを1本、日本酒なら1合弱)までの飲酒にとどめましょう。
(なお、1ドリンクは純アルコール量10gr相当量を指します。濃度15%の日本酒1合に含まれる純アルコール量の計算は、アルコールの比重が0.8ですので、180ml x 0.15 x 0.8=21.6gr、となります)
Harmful (15〜19点)は乱用・有害使用に相当するもので、これに対しては依存症治療を考慮しながら、減酒/断酒を念頭においたブリーフインターベンション(アルコール問題を特定し飲酒行動の変化を目的とした短時間のカウンセリング/動機付け面接などの実践)が必要となります。
(提案例) 現在のお酒の飲み方を続けますと、お酒が現在治療中の病気の回復の妨げになるばかりか病状を悪化させるおそれがあります。まずは、これから2週間お酒をやめて、お酒が体に与えた影響を確かめましょう。
(介入例)
① 検査所見・臨床所見・診断結果とアルコールの関係を明示する
② 飲酒の順位表を用いて飲酒量の多さを気づかせる。
(人には、標準から外れると是正しようとする傾向がある)
③ 減酒日記を用いて飲酒量の多さを気づかせる。
④ 目標がきまったら、減酒日記でフォローし、励ます。
Severe (20〜40点)(依存症疑い)に対しては専門治療を念頭においたブリーフインターベンションが推奨される。
(提案例) 飲酒により、あなたの健康だけでなく、家庭や職場での生活にまで悪影響が及んでいることが考えられます。今後のお酒の飲み方については、一度専門医にご相談下さい。診断によっては、断酒が必要となります。
(インタベンションの目標)
① 断酒のため、専門治療機関受診を動機づける
② 専門治療機関受診ができない場合は、当該機関で断酒指導を行う
③ 断酒への抵抗が強い場合。依存が軽度ならまずは減酒指導を行い、減酒で問題軽減/解決が為されない場合は断酒を勧める。中等度〜重度なら、家族だけでも専門治療機関を受診するよう動機づける
(介入に用いるメッセージの例)
① 意思が弱いのではなく、飲酒欲求が昂進していることにより、制御できなくなっているのです
② 飲み続けると、依存は進行し、ブレーキはますます効かなくなり、有害な結果が増え、家族・仕事などの関連問題も悪化します
③ 断酒すると、心身も家族も仕事も、ともに改善します
④ 飲み過ぎにより失った生きがいなどが、断酒することで回復できます
なお、ブリーフインターベンション(簡易介入)は、①所要時間は5〜20分、②セッション回数は複数回の方が効果的、③信頼関係のある人(担当者など)のほうが成功率は高い、④止める気のない患者にも効果がある、などと言われている。
次に、アルコール使用障害者を援助するときのポイントを幾つか記します。
● 男性にはリスペクト、女性にはラブ
● 本人の認識に合わせる
● 断酒に執着しない
● 当面は、本人とともに転がっていてもよい
● 治療関係を切らないことを優先する
● 患者と医師等関係者が共有できる到達目標を探す
● 最終的には患者が選択した目標に向かい支援
なお、AUDITによるスクリーニングでアルコール依存症が疑われた場合は、ICD-10診断基準(WHO)を参照すると助かります。簡便法ですが、ICD-10 では、診断基準全6項目のうち、0〜2項目該当ならプレ依存症、3項目以上該当なら依存症と診断されます。
RT : Referral to Treatment (専門治療への紹介) については
1. その場で予約のための電話をする
2. その場で直ぐ診てもらえるよう依頼する
3. その場で紹介状を書く
4. 紹介して終わりでなく、必要なフォローアップを行う
などがポイントのようです。
なお、専門機関側にも素早い対応が求められことは、言うまでもありまません。
最後にICD-10診断基準を載せておきます。
ICD-10 アルコール依存症候群の診断基準
過去1年間に次のことがありましたか?
過去1年間に次のことがありましたか?
- 飲酒したいという強い欲望や切迫感がある
- 飲酒開始、飲酒終了、飲酒量のどれかのコントロールが困難である
- 飲酒を止める、あるいは減らすと、離脱症状がでる
- 耐性が生じる (以前飲んでいた量より多く飲まないと酔えなくなる)
- 飲酒に執着し、他の楽しみや趣味が減少し飲酒中心の生活になる (執着と行動の狭小化)
- 明らかに有害な結果が起きているにもかかわらず飲酒する